2008年8月14日木曜日

息子の誕生日

息子の誕生日

今日は息子の誕生日だ。 はや33歳になる。  
アメリカで働き始めてから10年、 仕事にも人間自身も自信ができてきたように見受けられる。 一家にあってはよき夫、 二児のパパである。 
頭はよいほうだが学校での勉強は好きではなかった。 もちろん秀才タイプではない。 成績は中の上。 親に似て背も低くハンサムとは言いがたい。 何事につけ常にスロースターターで初めから先頭集団で周囲の注目を集めることもない。 しかしレースが終りに近づけばいつも先頭にいる。 強力なリーダーシップを発揮するわけではないがいつの間にか集団の中心にいる。 男女を問わず秀才からドロップアウトまで友達の幅は広い。 日本人の駐在員の子弟としては(現在はグリーンカード保持者であるが)もっともアメリカ社会に溶け込んでいるうちの一人だろう。

彼自身はサッカーのおかげだといっている。 彼は4歳から19歳までサッカーを続けてきた。 
走るのが速く身のこなしもきれいで高校まで学校や所属クラブの主力選手として活躍したおかげでいつも注目を集めていた。 本来控えめな息子だったがスポーツに言葉は要らない。 言葉のハンディがある外国人にとってスポーツは強力なコミュニケーションツールである。 特にアメリカでは強い選手が尊敬される。 女の子にも人気がある。 
テキサスから転入したニュージャージーのマウンテン・レイクス高校は一学年90人ぐらいの小さな学校だからスポーツは盛んでも一般的にチームは弱い。 例外的にアメリカンフットボールは強かったので運動神経の優れた生徒はフットボールに入ってしまう。 サッカーチームは選手を集めるのさえ苦労した。 時折人数が足りずにフットボールの選手を借りてきて試合をしたこともある。 それでも彼がキャップテンを勤めた最後の年はシーズン成績を5分5分にもっていった。
彼は弱小チームを平均まで引き上げた功績により80年の歴史で3人しかもらっていないスポーツ栄誉賞を20年ぶりにもらった。  フットボールのキャプテンやサッカーの仲間たちと生徒会の役員に立候補し当選した。 演説は下手だがウィットがあって大いに聴衆に受けたそうだ。 
彼は性格的には頑固だが人のことはよく聴く。 息子と話しているときはいつも心地よい安心感がある。 自己主張するよりも聞き手になるほうが多い。 彼がアメリカ人に好かれる理由 はこの辺にあるのかもしれない。 
他人の意見は聞くとしても芯の部分はまったくぶれないので彼自身の考え方や個性を失うことがない。 友達に言わせれば日本人とアメリカ人の良いところばかりを集めているという。 私も見事なバランス感覚を持ち合わせていると思うがこれは高校・大学・会社・結婚を通じて多種多様の人々と交流して来たからに他ならない。 
私の33歳時と比べてはるかに大人であり世界も広い。 アメリカで育ってよかったと思う。 グリーンカードを取りアメリカに滞在を続けた意義があった。  彼はこれからが人間として成熟していく時期になる。 孫を含めた家族全員の成長が楽しみである。