2013年12月23日月曜日

クリスマス・プレゼント

今年のクリスマスは長男夫婦の招待でニュージャージーで過ごすことになった。
私はシアトルに引っ越ししてから初めて(3年半ぶり)であり今年生まれた3番目の孫に会うためでもあった。
上二人の孫は成長著しくK(10歳の男の子)は背が伸びてもうすぐ家内に追いつきそうだった。
長男宅は過去5年間にバスルームを中心に地下のゲストルームやプレイルームを刷新し見違えるようにきれいになった。 以前に比べて滞在中大変リラックスして過ごすことが出来た。
クリスマス直前に来たので家のデコレーションは完璧に出来上がっておりこれも年を経るごとに充実して豪華になっている。
ツリーの下には多くのプレゼントが並べてあり子供達は自分たちが造った私たちへのプレゼントをオープンする日を待ちきれない様子。
 息子のワイフ曰く
「kはことしのパパとママからのプレゼントは要らないからその分どこかへ寄付してと云ったのので3人で相談して近くのアニマル・シェルターと<国境なき医師団>に寄付することに決めたのよ」 
これぞ本当のクリスマス・スピリット
10歳になった孫からの一番のプレゼントをもらった気持ちになった。








2013年12月22日日曜日

Good American

アメリカは多種多様でいろんな人がいる。
他人のことに干渉せず他人に迷惑をかけないことを原則に各々自由に生きるのが常識だから外国人にとっても回りを気にせずにすみ住みやすい。しかし本当にいい人と思える人に巡り会うのは滅多とない。
12月22日早朝シアトルからニュージャージーに向かう飛行機に搭乗した。
年配の女性が 窓際の席に座るためやってきたので私たちは席を立ち彼女を通した。
背が高く金髪のショートカット、黒いセーターの黒のカーデガンに控えめのネックレス、同じく黒のパンツで いかにもプロフェッショナル風の出で立ち。
彼女の手荷物を上の棚に入れるのを手伝ったのがきっかけで会話が始まった。
彼女はまず自己紹介し娘さん家族とクリスマスのを過ごすためにヴァージニア州のリッチモンドに行くという。 
年齢は60台半ばというから私たちと同年代、孫も3人いるとかで 家族環境が似ているので話が合う。 
『一番下の孫が自分のことをなぜか”GAGA" と呼ぶので私はいま<Lady Gaga>なのよ。
あなた方はどう呼ばれているの』と笑わせる。
『私たちは 上の孫達は”おじいちゃん,おばあちゃん”と呼ぶけど一番下は”ジージとバーバ” と呼んでいるよ』
私たちの英語が拙いのでゆっくりとはっきりした英語で対応してくれるので判りやすい。
『日本語は”L”と”R”の区別がないのでしょう。』と日本人を良く知っているし『日本人は”L”と”R”の区別がつかない』と云わないところがミソである。後で判ったが息子さんの奥さんが日本人らしい。
相手の状況をいち早く知って同じレベルで話題を繰り出す話術は抜群で一方的に喋るのでもなくさりとて退屈させず相手の話に耳を傾けながら次の話題にもってゆく。10分ぐらいで区切りをつけて自分はタブレットで読書に戻る。 また何かのきっかけで話しかけ話は弾むのである。 普段はあまり喋らない家内も趣味や孫たちのことですっかり意気投合し盛り上がっているようだった。 NJまでの5時間が短く感じるほど楽しい空の旅だった。
1960年代にアメリカ人女性でUniversity of Washingtonを卒業しいまも現役でPrivate School のSpeech Therapist として働いているというから相当の知識教養人に違いない。
Speech Therapistは特別の資格がいるので話し方、おしゃべり術の専門家なのだ。
しかし言葉はあくまで技術、 大事なのは 言葉とともに現れるその人の品格、人柄だろう。
別れ際に彼女がくれた言葉『あなた方が近くに住んでいればいいお友達になれたのにね』ーーー最高のお世辞である。

2013年12月6日金曜日

El Paseo Shopping Mall


背景のピンクの建物がデパートのSax 5Th Ave.
庭の植え込みはサボテンばかり。 サボテンは花が咲き実がなっていた。







2013年12月5日木曜日

Mt. San Jacinto & Tram Car




平地は18℃、山頂はマイナス2℃

 山頂まで1800mを僅か10分で登る高速ケーブルカー





 



 











山頂は2600m 







2013年12月4日水曜日

Suevenir Shop "Lady Lulu"





アマゾンのナッツを加工して自然の材料で染めたアクセサリー。
 
 



店のオーナーLady Luluの息子でデザイナーのArlyn Pilay.
日本の漫画、劇画の影響を受けている。
Tシャツ、アクセサリーだけでなくマネキンも造る。
マネキンが一番良い。








2013年12月3日火曜日

Palm Springs Downtown Plaza




この時期はサンクスギビングとクリスマスの間の端境期で人出は少ないが(火曜日の午前中だったためでもある) 正午近くになると観光客がどっと集まる。
その殆どが後期高齢者 とにかく町は年寄りばかりだ。










2013年12月2日月曜日

リゾートでゆっくり過ごす

雨のシアトルから太陽がいっぱいのパームスプリングスへ。
空から見れば砂漠の中にリゾートとゴルフ場しかないように見える。
気温は朝15℃ 昼は25℃ カリフォルニアの青い空のもと
ゴルファー天国だ。

Marriott Desert Springs  Villa II
 













2013年11月15日金曜日

医療保険改革(オバマケア)

オバマ米大統領が国民皆保険を目指していることは2008年の大統領選挙の時から判っていたが今年法案が可決され実施(来年一月)直前になって混乱している。。
私も家内も今年の8月頃から保険会社より現行の保険は継続できないので来年度は新規に提供される保険を検討するようにとの通知が頻繁に受取っていた。
 しかしその都度どのような保険が提供されるのか何回も問い合わせたが10月15日以降に詳細を発表するとの返事で全く要領を得なかった。
10月1日の最初のセミナーに参加して新しい保険(MEDICARE-高齢者向け健康保険)の詳細を入手した時点では医療給付の内容に大した問題はなさそうだったしこんな問題になるとは考えられなかった。
大統領はこれまで「加入済みの保険はオバマケア後も維持できる」と説明していた。しかし、多くの保険がオバマケアが義務づける医療をカバーしていない商品は違法になるため保険会社側はこうした保険の解約手続きを取り始めた。掛け金の安さからこうした商品に加入していた人は「大統領の説明と違う」と反発し、政権批判が高まっていた。
 各州まちまちだが合計すると数百万人の人々が保険を失うことになりかねない事態になっている。 これは大統領が意図した結果とは全く逆のことが起こっているのだ。
 個人的にも良くわからないことが多いので保険会社のエージェントを呼んで来週また話を聴くことにしている。

 大統領は昨日(11月14日)午後医療保険改革(オバマケア)についてホワイトハウスで緊急記者会見を行った。
オバマケアの基準を満たさない保険の加入者が解約を通知されていることから、保険会社に契約の1年延長を認める措置を発表した。最重点政策のオバマケアで軌道修正は初めて。 大統領は「私の責任だ。極めて遺憾だ」と陳謝した。
大統領はアメリカの根底にある「選択の自由」や「自助努力」 の精神を軽視して国民皆保険(強制加入)を急ぎすぎた。 土壇場にきて共和党のオバマケアに対する抵抗が功を奏し実質延期を余儀なくされたのである。 オバマとしては大きな誤算だろう。

2013年11月1日金曜日

日本のホテル料金

シアトルに帰る前の2日間新宿南口にあるホテル サンルートプラザ新宿に宿泊した。
初日は私だけシングルで、2日目から家内と一緒でツイン 同じ部屋で料金は倍。
一般に欧米では一泊一部屋の値段で一人であろうが二人であろうが値段は変わらない。
ホテルとしてはコストは殆ど変わらないはずだから2人で泊まれば倍額になるというのは理不尽だ。
2020年東京オリンピックまでに改めるべきだろう。

2013年10月31日木曜日

いつもイラつく携帯電話システム

日本の携帯電話(AU))を持っているが一時帰国する時にしか使わない。 平均すれば一年間せいぜい20日間ぐらいだろう。それをキープする為に毎月基本料金¥962を支払っている。 また日本ではWi-fiがパブリックな場所でさえ行き渡っていないのでエディオンネット利用料金賭して¥380も支払っている。
この効率悪い出費を押さえる方法としてプリパイドをを考えているが アメリカのように簡単で安くはない。なかなか妙案は見つからない。

AUでは通常携帯をプリパイドに切り替えるのに¥4200 通話カード¥3000(2ヶ月)12ヶ月使わなければ電話番号は取り消される。 次にまた新規手続きが必要。
しかもプリパイドの通話料金がべらぼうに高い。日本ではソフトバンクで¥9円/6秒(¥90 /分)アメリカでは$0.029/min (¥3/分)だから日本が30倍高い。

2年契約で途中解約は¥10000のペナルティ。 最初の期限が今月末で11月以降にキャンセルすればこの解約料を払わねばならない。 
電話でキャンセルはできず最寄りのAUオフィスに身分証明書を持って解約手続きに行かねばならなかった。 
因にアメリカでは取得もキャンセルも電話一本でできる。

背景にはAU,ソフトバンク、NTTの激しい顧客獲得競争があってなるべくキャンセルを難しくしているのではないかと思った。
日本は携帯機器でガラパゴスと呼ばれていたがシステムの面でもガラパゴスだ。
これでは世界に負けて当然。 早く顧客の便宜を考えて本当の競争をするべきだ。


2013年10月30日水曜日

今時の中華料理

8年ほど前に横浜中華街にある老舗中華料理店「萬珍楼」で会食したことがありメニューの内容が良く値段もリーゾナブルだったので今回のクラス会幹事として会食はここですることにした。 料理は花月宴コースで¥6000 値段は昨年より¥1000値上がりしたが内容的にはとても満足。 以前は見た目もこれぞ中華という豪華な盛り合わせをテーブルの回転卓に並べたものだが今回は全く趣きを異にして量は少なめでウエイトレスが料理を盛った大皿をみんなに見せた後個人のお皿に取り分けてくれる。見た目にはフレンチ風にアレンジしてあったのが今様に見えた。 これも世界的な料理のトレンドの影響だろうか。
参加者が全員年寄りなので中華では量、質ともに重たいかと心配したが幸運にも全くその危惧は外れた。 みんなにも好評であった。


花月前菜盛り合わせ
八宝ふかひれスープ
大海老の紅白作り
ふかひれ蟹肉餃子
窯焼き北京ダック
大山鶏、ハム、椎茸のはさみ蒸し
五目炒飯 蓮の葉包み
チャイナ・スイーツ "デュオ"

ゼミ旅行

10年前から大学のゼミ仲間で同期会と称して毎年クラス会を開いている。
東京、大阪、名古屋で持ち回り、今回は私が幹事で横浜・鎌倉で開催した。
ビジネス街中区馬車道に ホテルを取り横浜港クルーズの後、中華街の萬珍楼にて会食。
翌日電車で北鎌倉で円覚寺、鎌倉で鶴岡八幡宮を訪れ昼食は手打ち蕎麦「山路」で蕎麦を食べて昼過ぎ解散となった。 天候に恵まれたのとゆったりとしたスケデュールを組んでいたのできらくに散策できたのが良かったと思う。
旧交を暖める楽しいひと時となった。



















2013年10月28日月曜日

会食は3人または3組で

以前に務めていた会社のOさんとMさんに15年ぶりぐらいに会った。 長いブランクがあるにもかかわらずいつも会っている仲間のように打ち解けることができたのは二人がフレンドリーな性格による。
話は会社から日米双方の暮らしの話まで大いに盛り上がった。
別れ際にMさんが「今日話が盛り上がったのは3人だったからではないか?」とつぶやかれたがよく考えてみるとそうだったかもしれない。
二人では常時対峙していなければならないので疲れる。 4人以上だと聴き手の緊張がなくなる。一人が喋って二人が聴くと話がスムーズに回転するように思われる。
今回の滞在中にあったのは高校のクラス会とゼミの同期会を除けばすべて3人か3組で話が弾んだのです。 
今まで気がつかなかったけれどMさんの言葉は当たっていると思います。

2013年10月24日木曜日

和食


今回ほど多くの人に会って会食したことはない。
会った全ての人が私と同年輩の人ばかりだったので年齢のせいか概ね和食となった。
和輝 (加古川)
西村屋 (芦屋)
六盛 (京都)
山路 (鎌倉)
安芸路 粋神(新宿)
寝ぼけ(新宿)
すべてが美しく 精選した食材で美味しかった。

名前は忘れたが京都西陣の蕎麦屋さん。
手打ちのそばは絶品で今まで食べた蕎麦の中では一番の味だった。
この蕎麦屋さん全くローカルで何処にもPRは見当たらなかったが店の造りからテーブルに至るまで主の拘りが見て取れさすが京都の食文化は違うと感心した。

奇しくも日本の和食が無形世界文化遺産に登録されたがそれを確認するかごとき
和食ツアーとなった。日本の食文化は世界に誇れる芸術である。