2010年3月23日火曜日

鳩山首相の言葉

民主党が政権をとる以前から鳩山首相の言葉には違和感を覚えていたが最近特にひどくなっている。
自分のまいた種により言動のちぐはぐが目立つが自らの表現(言葉使い)が自分の政権を追い込んでいることに気がついていない。 
TVニュースによると参議院予算委員会で普天間基地移転問題につき「5月末までに結論を出す。真剣勝負、生きるか死ぬかの論争で、国民、沖縄、米国に理解してもらえるものにしたい」とのべているが政治の議論に「生きるか死ぬかの論争」などありえない。 まともに取り組んでおれば昨年末には結論が出ていたはず。
アメリカは最早鳩山首相の言葉に反応しない。 なぜなら彼を信用していないし交渉相手とは見ていないからだ。
首相の指導力には期待していないが首相の言葉はもっと重くあるべきだ。 せめて言葉使いだけでもまともにしてほしいものである。 

2010年3月21日日曜日

これが大統領だ、議会だ、政治だ (医療制度改革法案をめぐって)

大げさに言えば約40年間審議を続けてきた医療制度改革法案がやっと成立した。
医療改革法案はオバマが選挙中に掲げたトップの公約である。 建国以来はじめての公的国民皆保険制度の制定でありそれに伴う膨大な国家予算の出費が必要となるので単なる医療制度改革ではなくアメリカの財政に大きな影響を及ぼすことになる。 共和党と民主党、保守派と改革派、自由競争か社会保障か、アメリカの政治思想にかかわる大きな議論である。 しかも世論は65%が国家が管理する保険制度に反対しているのでこの法案の成立は大いに疑問視されていた。
民主党も共和党も現行の医療制度は改革しなければならないとの認識では一致している。 ただしオバマ大統領が提案している公的医療保険制度は国が主導する国民皆保険制度で医療費と薬価を押さえ3200万人にのぼる無保険者の救済を目的としている。 
議論の主なところを整理すると
* この制度を実施すれば政府の財政負担(今後10年間で$1-Trillion)は何倍にもなり付けを子孫に負わせることになる。
* 保険料が高騰する。
* 政府の市場介入は好ましくない。(社会主義化)
* 現行の高齢者医療保険制度(Medicare)のサービスの低下
本来ならば国民の過半数以上が反対する法案は成立するはずがなかった。 民主党内でも保守派の反対意見が多くあり数日前までは下院の過半数・216票に16ほど足らなかった。 これを覆したのはオバマ大統領の並々ならぬ熱意と議会工作の結果であり一部の公約を無視し反対派と取引した結果であった。 
共和党はもとより民主党保守派には「妊娠中絶反対」という大命題がある。 保守派は妊娠中絶に公的に医療費(税金)を使うのを嫌った。 オバマ大統領はこれを受入れ「妊娠中絶のための医療費出費の禁止」を大統領令でもって法的に制約することを約束した。 
不法移民の進入を防ぎ取締を強化する方針を示した。 具体的には不法移民の擁護や身柄保障を受け持っている人権団体(Amnesty International)を不当(Illegal)とすることに同意した。 オバマは今までの立場を崩して保守派に大幅に譲歩することで医療改革法案の成立を勝ち取った。
彼にとっては譲歩したのは10分の一以下で得るものは最大の案件であり不可能を可能にしたのであるから大成功といってよいだろう。
この法案はアメリカにとって歴史的な出来事であり国民の生活、国家の財政、政治の行く末に大きな影響を及ぼし多面的にアメリカに変革を起こすのは間違いない。

この結論を導き出すためにオバマ大統領は連日議会を往復し時間があれば地方で演説し、議員さんも賛成反対を問わず地元で選挙民の意見に耳を傾けオバマの掲げる医療制度改革の内容と必要性を訴えた。  
オバマ大統領就任以来15ヶ月になるが議会では実に240日もこの医療制度を審議していた。 保守派(自由主義者)とリベラル派(保護主義者)の激高する議論、国民を2分する鋭い対立。 あくまでPublic Option (公的医療保険制度)を主張する左派とそれに反対する保守派の溝は埋まりそうになかった。 一見どうにもまとまりそうにない難題を纏め上げたものはいったい何だったのか?

激しく意見を述べたのは大統領だけではない。 議員一人ひとりも、国民の一人ひとりも、メディアのコメンテーターも声を張り上げて意見を陳述した。 すべての人が主張したが他の意見も聴いた。 それを通してすべての人が改革の必要性を認識した。 オバマは選挙中からこれを主張した。 今やらなければ未来永劫できないだろうと。 そして自分の在任中に必ずやり遂げるとの決意を持っていた。 最後の数日の演説は鬼気迫るものがあった。 いつもなら演説中に見せるニタリとした愛嬌のある笑顔も見せなかった。 
CNNは朝からぶっ続けで下院のディベート放映していた。 (ニュースは合間に時々流すこともあったけれど)2010年3月21日午後10時45分投票結果が賛成216を表示した。 40年にもわたる議論の末にアメリカが国民皆保険に向けで出発した瞬間であった。 オバマがGood Communicater, Good Strategist, Good Commandor であることを証明した瞬間でもあった。

これがアメリカ大統領、アメリカ民主主義だと嬉しくなった。

これは大統領の勝利であり議会の勝利であり国民の勝利であり民主主義の勝利である。

2010年3月2日火曜日

トヨタ・リコール問題公聴会

トヨタの一連のリコール問題について3月2日に上院の公聴会がおこなわれた。 しかし2月23日の下院の公聴会のように全米の耳目を集めるようなトップニュースにはならなかった。 メディアの取り上げ方も極端で2月24日以降は急速に放映回数が激減した。 
豊田章夫トヨタ社長の下院公聴会出席が山場でそこですべてが出尽くした感じである。 
もともとトヨタがリコール問題に関連して情報を隠匿した事実は無くむしろメーカーとしての新しい技術に対するアプローチと消費者の運転感覚からくる齟齬を把握するのに時間がかかったというべきだろう。
豊田社長の公聴会での応答は政治ショーとしての議会に対してメーカーとしての見解と自信の経営哲学を語るには不十分な点があったがとにかくトヨタの経営と製品としての車が大きく欠陥として深く追求されることも無く大たたきに合うこともなかったので結果としては大成功といって良いのではないか。
自己の原因が如何であれこうした政治的パフォーマンスに巻き込まれることは海外でビジネスを展開する上で避けられないことと認識することが重要である。 経営トップがその認識と対策を備えておれば別に恐れることではない。 しかし多くの場合ことの大小を問わず日本メーカーは隠匿傾向がありかついかなる場面でも堂々と立ち向かう態度を取らないので結果として非常に不利な立場に追い込まれることがある。 これを機会におおいに勉強、準備することが望まれる。

2010年3月1日月曜日

バンクーバー冬季五輪終了

バンクーバーオリンピックが終了した。 当初あまり興味が無いといっていた私だがTVのPrime TimeはオリンピックのダイジェストとスケートのLiveが放映されるのでつい見てしまう。 
スポーツの生放送はオリンピック種目にかかわらず迫力があってつい引きずりこまれてしまう。 スポーツは今や100分の1秒を争うスピードの競技になっている。 時間を競うスキーやスケートだけではなくたとえばフィギャー・スケートにしてもスノーボードにしてもジャンプやターンのタイミングはおそらく100分の1秒の正確さを求められる。 球技のアイス・ホッケーにしても時速100キロの玉を追って攻守が一瞬にして変わり1秒の隙が命取りになる。 最終日のカナダーアメリカのアイス・ホッケー優勝決定戦は見ごたえのある良い試合だった。 開催国カナダ(アイスホッケーは国技である)が優勝してよかった。 最後に最高に盛り上がった。 
カナダは金メダルを14個も獲得した(オリンピック記録ー1位)合計メダル数も26個(3位)になった。 開催国が強いと全体に活気がでる。 アメリカは金こそ9個(3位)だが合計37個(1位)のメダルを獲得し幅の広いスポーツ王国であることを証明した。 日本は銀3個、銅2個で妥当なところ。むしろよく頑張ったと思う。 私の予想(スケートで2個だけ)よりもはるかによかった。
特筆すべきは韓国であると思う。金6個、銀6個、銅2個 合計14個は素晴らしい。 経済的な躍進と政治的安定が国民の自信となって現れているのではないだろうか。 

アメリカのTVは当然のことながらアメリカ選手が活躍する種目を中心に放映する。 だから全体を見て評論するわけではないがとにかくアメリカ選手は本番に強い。 層が厚い上に思わぬ選手やベテラン選手が本番で自己ベストを更新して活躍する。 本命は勿論決勝に勝ち残る。 強い理由は集中力だと思う。 集中力は本番の外のりラックス度にもかかっている。 アメリカ人は束縛されるのを嫌う。他人のことは気にせず自分で決めて自分のやり方を実行する。 一旦スタート地点に立てば試合に集中する。 精神的に非常に集中した状態になる。 私はそのやり方を”Determined"と呼ぶ。
一方非常におしゃべりだ。 コーチや仲間と最後までコミュニケートしている。 チームとしてのサポート、仲間意識を共有している。 これは最大のリラックスである。 Relax & Determined はスポーツだけではない。 アメリカ人の日常の行動様式でもある。
一方日本人は何事につけても周りを見る。 「我一人、わが道を行く」人は少ない。 協調の精神は良いがそこには一瞬の決断と行動は無い。 これを私は Hesitation と呼ぶ. (躊躇、逡巡、優柔不断、遠慮) 
日本人選手が本番でそのようなことを意識することはないだろうが日ごろの行動パターンがそうであればいざ本番でも100分の一は Hesitation の影が無意識のうちに残っていよう。 それが100分の1秒の勝負に勝てない原因だと思っている。 スキーやスケートだけでなくサッカーにしても最後になかなか決められないというのはこういうところに起因しているように思えてならない。