大げさに言えば約40年間審議を続けてきた医療制度改革法案がやっと成立した。
医療改革法案はオバマが選挙中に掲げたトップの公約である。 建国以来はじめての公的国民皆保険制度の制定でありそれに伴う膨大な国家予算の出費が必要となるので単なる医療制度改革ではなくアメリカの財政に大きな影響を及ぼすことになる。 共和党と民主党、保守派と改革派、自由競争か社会保障か、アメリカの政治思想にかかわる大きな議論である。 しかも世論は65%が国家が管理する保険制度に反対しているのでこの法案の成立は大いに疑問視されていた。
民主党も共和党も現行の医療制度は改革しなければならないとの認識では一致している。 ただしオバマ大統領が提案している公的医療保険制度は国が主導する国民皆保険制度で医療費と薬価を押さえ3200万人にのぼる無保険者の救済を目的としている。
議論の主なところを整理すると
* この制度を実施すれば政府の財政負担(今後10年間で$1-Trillion)は何倍にもなり付けを子孫に負わせることになる。
* 保険料が高騰する。
* 政府の市場介入は好ましくない。(社会主義化)
* 現行の高齢者医療保険制度(Medicare)のサービスの低下
本来ならば国民の過半数以上が反対する法案は成立するはずがなかった。 民主党内でも保守派の反対意見が多くあり数日前までは下院の過半数・216票に16ほど足らなかった。 これを覆したのはオバマ大統領の並々ならぬ熱意と議会工作の結果であり一部の公約を無視し反対派と取引した結果であった。
共和党はもとより民主党保守派には「妊娠中絶反対」という大命題がある。 保守派は妊娠中絶に公的に医療費(税金)を使うのを嫌った。 オバマ大統領はこれを受入れ「妊娠中絶のための医療費出費の禁止」を大統領令でもって法的に制約することを約束した。
不法移民の進入を防ぎ取締を強化する方針を示した。 具体的には不法移民の擁護や身柄保障を受け持っている人権団体(Amnesty International)を不当(Illegal)とすることに同意した。 オバマは今までの立場を崩して保守派に大幅に譲歩することで医療改革法案の成立を勝ち取った。
彼にとっては譲歩したのは10分の一以下で得るものは最大の案件であり不可能を可能にしたのであるから大成功といってよいだろう。
この法案はアメリカにとって歴史的な出来事であり国民の生活、国家の財政、政治の行く末に大きな影響を及ぼし多面的にアメリカに変革を起こすのは間違いない。
この結論を導き出すためにオバマ大統領は連日議会を往復し時間があれば地方で演説し、議員さんも賛成反対を問わず地元で選挙民の意見に耳を傾けオバマの掲げる医療制度改革の内容と必要性を訴えた。
オバマ大統領就任以来15ヶ月になるが議会では実に240日もこの医療制度を審議していた。 保守派(自由主義者)とリベラル派(保護主義者)の激高する議論、国民を2分する鋭い対立。 あくまでPublic Option (公的医療保険制度)を主張する左派とそれに反対する保守派の溝は埋まりそうになかった。 一見どうにもまとまりそうにない難題を纏め上げたものはいったい何だったのか?
激しく意見を述べたのは大統領だけではない。 議員一人ひとりも、国民の一人ひとりも、メディアのコメンテーターも声を張り上げて意見を陳述した。 すべての人が主張したが他の意見も聴いた。 それを通してすべての人が改革の必要性を認識した。 オバマは選挙中からこれを主張した。 今やらなければ未来永劫できないだろうと。 そして自分の在任中に必ずやり遂げるとの決意を持っていた。 最後の数日の演説は鬼気迫るものがあった。 いつもなら演説中に見せるニタリとした愛嬌のある笑顔も見せなかった。
CNNは朝からぶっ続けで下院のディベート放映していた。 (ニュースは合間に時々流すこともあったけれど)2010年3月21日午後10時45分投票結果が賛成216を表示した。 40年にもわたる議論の末にアメリカが国民皆保険に向けで出発した瞬間であった。 オバマがGood Communicater, Good Strategist, Good Commandor であることを証明した瞬間でもあった。
これがアメリカ大統領、アメリカ民主主義だと嬉しくなった。
これは大統領の勝利であり議会の勝利であり国民の勝利であり民主主義の勝利である。