2008年6月27日金曜日

米大統領選挙(28)日本の首相選び

ここ半年大統領予備選挙で感じたことはアメリカでは政権にせよ仕事にせよ自分で手を上げ自分の意見を主張してとりに行かねば絶対に自分にチャンスはないということである。
一方日本では自ら手を上げず黙っていて自分の意見があるのかないのか判らない福田さんが首相になった。
小泉元首相を除けば首相になる最も大きな条件は個人の政見や政策遂行能力ではなく自民党の派閥の有力者が話し合って最終まとまって支持することができる候補か否かによって決まるのだ。
もっともアメリカのように直接選挙で各党候補や大統領を決める公選ではないのである程度の話し合いでの候補選びは仕方がないと思うが今回福田首相は昔ながらの森元首相の自民党有力派閥に対する根回しにより親分衆の手打ちで誕生したわけで彼の政策能力や人物が評価されたからではない。 福田さんは「こうしなければ日本はよくならない」とか「こうしなければ世界に通用しない」とかのヴィジョンがないので政権の座についてもプロアクティブに政策を進めるわけではない。 あくまでリアクティブに軽度の対処療法しか取れないのである。
こんな人を首相に持ったのが不幸だがこの首相を誕生させたのがまた私たちが選んだ代議士先生たちだということは日本の政治がいかに貧弱で民主主義が未熟であるかということである。
日本の政治に対する不満は福田首相も民主党の小沢代表も含めて国民全員が持っているわけだがそれならどうしようという改革のヴィジョンと行動がどこにも見当たらない。 《行政改革とは次元の違う問題である》
つまり政治の問題は政治家だけの問題ではなく国民全体の問題で税金や医療費など個々の政策に不満を述べるだけでなく国民自身が政治の責任を自覚しないと何時まで経っても子供のおねだりをかわす程度の安っぽい政治しかできないのだ。 

最善の策はよくても悪くても一度民主党に政権を取らせることである。
ただし小沢、鳩山、菅の3人をはずさないと民主党も自民党と大して変わりはない。
民主党の若手議員よ、今こそ立って民主党に対する当初国民の期待を実現してほしい。
政治家自身も一人ひとりは政治家らしい政治家になりたいと思っているはずだ。