2008年6月6日金曜日

米大統領選挙(その26)クリントンの敗因

ヒラリーの敗因

1年前はダントツの1位で指名が確実と思われていたヒラリーはどうして指名を獲得できず、ほぼ無名に近かったオバマが指名を獲得したのか分析してみると面白い。

ヒラリーの支持層は白人労働者(ユニオンでまとまっている最大の組織票)中年以上の白人女性(人格や政策よりも女性大統領誕生そのものを期待している)高齢者(感情的にまだ黒人大統領を受け入れがたい古い世代)でこの人々は選挙が始まる前からおおむねクリントン支持で固まっていた。  だから初期のポールでは確実な支持層を持つヒラリーが1位を占めていてもおかしくはなかった。  

ヒラリーは “ミドルクラス”という言葉をよく使う。彼女の演説をよく聴いてみると彼女のミドルクラスは経済的にも社会的にも平均以下の人々を指しておりこの層に対してのリップサービスが目立った。
クリントン陣営はマーケティングのやりすぎでポールに流されてしまい本来のヒラリーのキラメキを失ってしまった。 だから長丁場では矛盾を露呈してしまう。
ヒラリーはまだ意思を決めていない中間層、キャンペーンや人格をよく分析してから投票しようとする高学歴の人々、変革を求める若者たちに支持を広げることができなかった。  
金持ち優遇もよくないが低層社会に焦点を当て対立を煽るようなキャンペーンもよくない。 彼女の演説は敵対的であり内容よりも言葉が先にたつようなアジテーションが感じられる。 立場が逆であると非常に反発を感じてもおかしくない。 

一方オバマは特定層に訴えるようなキャンペーンはしなかった。 クリントンからブッシュにわたる16年間でアメリカの正義と権威は地に落ち唯一の超大国は政治的にも経済的にも迷走している。 オバマはこのような閉塞したアメリカを変えようと訴えた。 彼は医療保険の充実や低所得者の教育に対する援助については語っても特定層の支持を得るためのリップサービスは一切していない。 彼は党派的でもなく分派的でもない。 彼は“私が”ではなく“我々”が主体で全員参加で国を変えようと訴えている。
 時には党の枠を超えてレーガンをたたえたりリンカーを引き合いに出したりする。 時折見せる笑顔とユーモアがしばしば先鋭化するキャンペーンを和らげそれとなく人の良さ(人格)を感じさせる。
1年近くまず例外なしに毎日TVのスクリーンに登場し話すのを聴いていると自然と人柄が表れてくるものだ。 オバマはいかなる時もぶれなかった。 苦境に立った時でも(たとえばJeremiah Wrightの説教問題)冷静に自然体で対処した。 これがかえって彼の評価を高め支持を拡大することになった。 

ヒラリー陣営は選挙戦略にも失敗した。  前半に大都市・大票田のメジャー州中心にキャンペーンを続けた結果、地方で大きな取りこぼしが出た。 Caucus Statesでは全く勝てなかった。 特に緒戦のアイオワ州で3位になったのはショックだったに違いない。 もう一人の有力候補、全ニューヨーク市長ジュリアニも同じ間違いを冒して早々に撤退した。 
逆にオバマがアイオワで1位になった意味は大きい。 オバマは(都会・田舎)(大きな州・小さな州)(所得の高低)(学歴の高低)に関係なく全員に「よいアメリカを取り戻そう」「新しいアメリカを創造しよう」と訴えたのである。
だから民主党内だけでなく独立派の人々、白紙の若者たちにも支持された。

もうひとつの大きな敗因は夫、ビル・クリントンにある。 今でも民主党内の影響力は絶大でクリントンシンパの表固めには大いに貢献したとおもう。 しかし選挙はあくまでヒラリーであり彼ではない。 彼のキャンペーンは強引で時として感情的であった。 反発を買うことも少なくなかった。 しかも大統領を辞めるときのネガティブな記憶が付きまとっている。
ビルが表に出ずに裏方に徹していれば展開は変わったかもしれない。
 
選挙のシステムもオバマに見方している。 もし予備選が短期決戦であれば無名に近いオバマが指名を獲得することはできなかっただろう。
またPrimary(Popular Votes)のみであれば彼は指名を獲得することができなかったであろう。 Electra Vote System と Caucusおよび5ヶ月間各州で繰り広げられたキャンペーンを通じてオバマは自分を売り込むことができた。
それでなければ全国的に知名度の高い有名人か選挙資金を贅沢に使える超大金持ちが常にトップになることは目に見えている。 これでは政治の平等を目指す近代国家とはいえない。

リンカーンの奴隷解放宣言(1862年)から146年、ケネディ・ジョンソンの公民権法案成立(1964年)から44年、ようやく黒人大統領が誕生しつつある。 
オバマがアメリカの大政党の大統領候補になったことは歴史的な出来事であるのは間違いない。
アメリカでしか起りえないエポックメーキングである。
しかしそれ以上に感慨深いのは一般にアメリカの国民は民主党がオバマを選んだことをアメリカの進歩であると受け止めていることだ。 ヒラリーが選ばれていると初の女性大統領候補選出で大いに意義があることだがこうした進歩的な感動は国民全体に広がらなかったと思う。

民主主義は個人と社会が成熟しないとうまく作用しない。
-すべての人が発言の機会と権限を与えられること。
-すべての人の発言は聴かねばならないこと。
-ルールと論理にもとづいて議論されること。
-多数決で決定されること。
-決定されたことには従うこと。

民主主義がオールマイティではないことはイラクの現状を見ればよく判る。 説明するまでもなくこの国では独裁が倒れても民主主義は作用していない。 政治システムだけの問題ではないのである。