2007年12月4日火曜日

米大統領選挙(その1)  新たな争点:移民問題

あまりにも多い不法移民

TVで”不法移民(Illegal Aliens)に自動車運転免許証を与えるのをどう思うか”というCaptionが流れたときに私は一瞬上記2つの言葉がどう結びつくのか戸惑った。 アメリカ人でもその意味するところをすぐに理解できる人は少なかったと思う。
報道の内容は今年の9月21日にスピッツアーNY州知事(民主党)が提出した“不法滞在者も自動車運転免許証が取得できる”法案に対し反対意見が非常に多いということだった。 民主党支持者の間でも反対意見は多くCNNの調査では全体では86%が反対、11%が賛成、その他3%の結果だという。 私にしてみれば11%の賛成意見があるというのが驚きである。 
スピッツアー知事の法案提出理由は
1. NYには数万人の無免許・無保険の運転者がいる。 その大半が不法移民である。 彼らは運転教育もテストも受ける機会もないので事故率が高くひき逃げ事故も多い。 したがってNYの保険料率は非常に高い。(無保険者との事故に巻き込まれたときの損害・障害を補償するための保険は強制ではないが必須である。)
2. 彼らを正式に法的ネットワークの中に取り込み身元確認できるようになるのでテロリスト対策にも貢献する。
支持者(多くはラテン系住民)の理由は
  不法移民は“善良な”働き手であって犯罪者ではない。需要があるから彼等の労働力を提供しているだけである。 彼等を社会のネットワークの中に組み入れることにより社会の安定がはかられる。

しかしこの論理は少々無理がある。 そもそも不法入国・不法滞在者が身元を把握されるシステムに登録するであろうか? 彼らの大多数が低所得者であるから車に保険を掛けることができるか? 保険会社が彼等を対象に安い保険を販売できるのか? Social Security Number(社会保障番号)がないのにどうして正式に税金を納めることができるのだろうか? 答えはすべて“No”である。

そもそもアメリカには戸籍や住民票の制度はない。 自動車運転免許証が普通の人にとっては一般的な身分証明書である。〈パスポートは一般的ではない〉 この証明書を不法移民に発行しようというのは法的に矛盾しないか?
結局多くの反対にあってスピッツアー知事は11月になってこの法案を引っ込めざるを得なくなった。
しかしこれですべてが終わったわけではない。 
ヒラリー・クリントン民主党大統領候補は10月にNY州知事の法案支持を表明した。 しかし10月30日フィラデルフィアでの民主党大統領候補デベートではエドワード候補に賛成か反対かを突っ込まれ意見も言葉も濁したため彼女の言葉は信用できないと他の候補からも集中砲火を浴びてしまった。
これを機に彼女の独走にストップがかかり11月半ばのアイオワ州(最初に予備選がはじまる)での支持率が2番手のオバマ候補(30%)と逆転しクリントン 24%までに落ち込んでしまったのである。 アイオワの票数は少ないが1月8日に迫った最初の予備選であるためこの数字は非常に意味がある。 
この議論が続くなかで全米の8つの州(ハワイ, メイン, メリーランド, ミシガン, ニューメキシコ, オレゴン、ユタ、ワシントン)が不法移民に対して一定条件さえ満たせばすでに運転免許証を発行している事実を知ってさらに驚いた。 民主党大統領候補の1人であるロバートソン・ニューメキシコ州知事が上記デベートの最中にニューメキシコではすでに実施中であり問題ないと主張した。(候補の中でロバートソン氏のみがこの法案を支持している)

不法移民の数字は推定で1200万人といわれている。 国境を接しているメキシコから680万(57%)ラテンアメリカから300万(24%)とラテン系で81% を占める。農業労働者が圧倒的に多く建設、清掃など特定の業種では彼等を抜きには成り立たないほど経済的に組み込まれている。 だから不法移民は犯罪者(Criminal)ではなくアメリカに必要な労働者であり「彼等に運転免許証を与えなければならない」という論理が成り立つのだ。

アメリカは本来移民の国である。 何代かさかのぼれば殆どの人のルーツは移民である。
移民の理由はさまざまで新しい仕事をもとめてやってくるひと、宗教的、政治的、民族的迫害を逃れてきた人、革命や戦争による難民、それに統計にあらわれない不法移民を含めてそれぞれに希望と決意をもって来たに違いない。 アメリカは出来うる限りこうした人々を受入れてきた。 
US Census Bureau(人口統計局)は1776年独立以来、現在まで各年の詳細な移民の記録を残している。
約100年前の1910年には米国人口9200万のうち外国生まれが1350万(14.7%)もいた。
この統計にはアメリカ生まれの2世、3世は含まれていないから、いわゆる私たちのようなESL家族 (English as a Second Language-家庭では英語以外の母国語を話す家族)は3000万人近くいたと推測される。 
2000年の調査ではNY Cityの人口(800万)の35.9%(287万人)は外国生まれ(全米11.1%‐3000万人) ESL家族は47.6%-(380万人)(全米17.9%-4840万人)にもなるそうだ。 
アメリカは今でも外国人に対して限りなく寛大であるのはこの辺に理由がありそうだ。

11月28日に行われた共和党大統領候補デベートでも移民問題(移民受入、不法移民対策)は国際テロ対策や国内治安問題と絡んで候補者の間で最も熱を帯びた議論になった。 このデベーとでこれまでの世論調査でトップを走っていたジュリアニ元NY市長とロムニー・マサチューセッツ州知事が個人非難の泥仕合を繰り広げているうちに苦学と誠実さアッピールしたハッカビー・アーカンソー州知事が一躍
首位に躍り出た。 TVは議論の中身以上に候補者の表情、話し方、聴衆の反応まで即座にさらけ出してしまうので怖い。 意外な人が大統領になる理由はこの辺にあるのかも知れない。

民主党と違って共和党は全員が取締り強化に賛成しているがヒスパニック系住民の票を意識すれば現在はあまり強行策を打出し難い。 しかし共和党から大統領が選ばれた場合はメキシコとの国境線に沿って強固な取締り対策が取られることは間違いないと思われる。  いくらアメリカが外国人に対して寛大といえども毎年70-80万人の不法移民が定着しているといわれる現状は改善されねばならないだろう。
いずれ日本も10年20年先は近隣諸国から多くの移民を受け入れることになると思う。
アメリカの長い移民の歴史と現状は大いに参考になるとだろう。