2010年1月22日金曜日

コンサート Hope for Haiti Now

食後8時半頃TVを点けたらSpeedy Wanderがピアノを弾いて歌っていた。 いつもの彼に似合わずテンポのゆるい落着いた静かな曲だった。 画面の下に ”Hope for Haiti Now" とあったから彼がハイチ救済のためにチャリティ・ショーしているのかと思って見ていたら次々に新しい歌手が登場して歌っている。 歌の間に有名なスターやスポーツ選手が出てきてハイチへの寄付を呼びかけていた。 しばらくして次にチャンネルを回すと同じ画面がでてきた。 次々とチャンネルを回すと3大ネットワークはもちろんCNN, Foxその他多くのチャンネルが全く同じ映像でこのチャリティ・コンサートを放映している。 さらにNYとLAの2元放送だと判ったが私が見ている間(30分程)コマーシャルはなかった。 
電話で50555とダイヤルすれば自動的に$10.00の寄付ができる仕組みだ。 後日電話代に加えて請求される。 真に手間のかからない素晴らしいシステムだ。 
私はこのシステムができる前に(地震の2日後)American Red CrossのWebsiteから寄付をした。 電話やWebsite で寄付をするのは簡単だが注意しないとニセモノサイトがあるので詐欺にあう。Red Crossが一番安全だからいつもRed にしている。
時々画面がスウィッチされてひな壇に並ぶ寄付の電話をとる人が映るが100人以上いるだろうか。 私でも知ってる俳優さんが多く並んでいる。 Tim Robins, Susan Sarendan, Mel Gibson, De Caprio, 全員は映らないが多くの俳優が参加しているはずだ。 こんなに大掛かりなチャリティショーは見たことがない。 Madonna やGeorge Cloonyは自ら$100万寄付したそうだ。
インドネシア沖の地震、津波 ニューオルリンスのハリケーン被害の救済コンサート以来だがこれほど大掛かりではなかった。 
今回のハイチ地震は小国の首都を直撃しただけに被害は想像を絶する甚大さ世界が救いの手を伸べなければこの国は壊滅する。 死者はおそらく20万を越すだろう。 それ以上に今すぐ怪我の手当てがいる人が何十万といる。 このままではこの人達も死んでしまうのだ。 それだけではない。 今元気でヘルプしている人達でも明日の生活のめどが立たないのである。
しかし今の世界がありがたいと思うのは多くの国が戦争や内戦、ゲリラやテロと戦っている最中こうして援助の手を差し伸べてくれることだ。 世界は捨てたものではない。 最悪の場面ばかり見ているが救助隊や医療関係者の果敢な活動には頭が下がる。




 

2010年1月20日水曜日

Check & Balance

昨年亡くなったテッド・ケネディ上院議員の後を埋めるマサチューセッツ州の上院議員選挙で共和党のブラウン候補が当選した。
この選挙結果はマサチューセッツ州に止まらずアメリカ全体に大きな影響を与えることになった。 上院では法案を可決するには100議席のうち60の賛成票を必要とする。 与党の民主党は59議席を獲得していた 現在無所属のリーバーマン議員を含めかろうじて60票を計算に入れていたが今回議席を失い58議席になってしまった。
テッド・ケネディ上院議員は兄のジョン・ケネディが大統領になった後に上院議員の席を引き継いだので50年以上にわたりケネディ家・民主党がマサチューセッツ州の上院議席を維持してきたことになる。 もうひとつの議席も民主党で占められていたのでマサチューセッツ州は文字どうり民主党王国だった。 2008年の大統領選挙でもオバマは圧倒的な支持を集めてマサチューセッツの票を獲得した。 今もオバマ大統領自身の支持率は高い。
ではなぜ今回の上院議員補欠選挙で共和党が議席を獲得したのだろうか。
民主党候補のコークリー議員に個人的な魅力・人気がなかったこと、選挙の戦い方がまずかったこともあっただろうがオバマ政権の医療保険制度の改革と大幅な財政赤字(将来にわたって)を懸念する無所属中間層(マサチューセッツ州では民主党や共和党よりも多い。 大統領選挙では大半がオバマ支持であった)が今回は現政府の政策にNoを突きつけた。 アメリカ国民のCheck & Balanceが作用した結果であった。
アメリカでは国民も国会議員も民主党なら民主党の政策、共和党なら共和党の政策に100%OKというわけではない。 議会での採決にしても議員の拘束などはありえない。だから医療保険制度改革についても60の賛成票を獲得するためにはまずマジョリティでもある民主党内での反対派の説得を説得しなければならないと同時に共和党からの賛成票獲得にも精力が費やされる。 つまり一般選挙でも議会内でも基本は党派を超えてあくまで個人の考え方によって投票されるわけで国政に対してCheck & Balanceが働いている。
国民の政治意識の高さと行動力(選挙運動と投票)が民主主義のベースであり必然的に議員の資質も向上する。 
二大政党制がうまく作用するにはこうしたベースが出来上がっていなければならない。

2010年1月19日火曜日

ハイチ地震が示唆する国の質と概念

ハイチ大地震が起ってから1週間がたった。 世界の最貧国を襲った大地震の惨状は目を覆うばかりでどこまで被害が拡大するのか把握しかねているのが実情だ。 

地震の翌日からアメリカを中心とした世界各国の救助と援助活動がスタートしているが首都ポルトオプリンスか崩壊しハイチ政府の機能が麻痺しているので困難の極みである。必要なところに必要な物資と人的援助が届いていない。 こうしたことは大災害が起こった後に世界のどこでも見られる光景である。 しかしここでは何かが違う気がする。
ハイチでは国民の80%が貧困層だといわれている。 (年間所得約$1,000) 最貧国の貧困層だから先進国のそれとは次元が違う。 普通の生活が生存の限界でありこれ以上の悪化は国民生活と国家の崩壊を意味する。 隣のドミニカ共和国でさえ年間所得は約8,000だからいかに貧しいかが判る。 
今回の地震被害の大きさと救援活動の困難さは国家の貧困さと政治・体制の脆弱さに起因するところが多いのではないかと思われる。 国民の大半が生きることに精一杯であり国が頼りにならないとすれば秩序も教育もあったものではない。 このような国が世界の最富裕国アメリカの目と鼻の先にある。
40年ほど前にアメリカとメキシコ・中米を何度も行き来していた時のことを思い出した。
当時は日本も今ほど豊かではなく一方アメリカは眩しいほど豊かな国であった。 しかし一歩国境を越えるとまったく違う世界が広がっていた。 埃っぽい大地と楽天的で明日のことはあまり気にしない人々。 しかしそこには生活の楽しさとわずかではあるが将来への希望があった。 アメリカとの格差はあまりにも大きかったが人々は明るかった。
それぞれの国に歴史があり文化があり自然がある。 そこに生まれ育った人々は好むと好まざるとにかかわらずそれを引きずって生きて行かねばならない。 
この時ほどい自分が日本人であることを意識した時期はなかった。 日本がいい国だと思い自分が日本人であることをありがたく思ったものである。 

インドネシア大地震も中国重慶大地震も地球規模の大災害であったには違いないが国家の維持と国民全体の生活に不安はなかった。 人々は災害の中からすぐに立ち上がり復興の息吹をみせていた。 それは国の支えと国際的な援助が緊急の生活を支え復興に希望を与えたからであった。 
TVの映像を見る限り今のハイチは混乱している。 国が崩壊しているから秩序が無い。国民は目先の生活の不安に加えて長期的に頼れるシステムが無い。 
人間は将来に希望が無ければ生きて行くのがむずかしい。 
国家の役割は国民の生存と安全を保障するため秩序を維持し国民が生活を維持するために自由に平等に活動できる機会を保障することであると思う。 

2010年1月14日木曜日

ハイチ大地震

カリブ海の島国配置で12日午後4時53分マグニチュード7.0の大地震が発生した。
ほぼ40時間経過した現在でも詳しい被害状況はつかめていない。 TVの映像では被害の大きさが尋常ではないことがわかる。 
ただアメリカ政府の反応はすばやかった。 オバマ大統領は12時間も立たぬ間に全面的な救援活動を約束。 アジアに外遊中のクリントン国務長官もハワイで日本の岡田外相と歓談したあと急遽その他のアジア諸国とオーストラリア訪問を取りやめ帰国の途に着いた。 同時にオーストラリア訪問の予定だったゲーツ国防長官も訪問を取りやめ帰国の途に着いた。
ハイチはマイアミから飛行機で1時間以内で行けるいわばアメリカの庭先である。 しかも数年前のクーデターをアメリカが覆して民主政権を支持したばかり。 アメリカ軍を中心とした国連平和維持軍も駐屯、アメリカ人居住者も多い。(45,000人) またアメリカ国内にはNYを中心にハイチ系住民が多数居住している。 ハイチの一大事はアメリカの準国内問題としてとらえられ手もおかしくない。
報道によると時間が経つにつれて被害状況が明らかになってきているが死者の数が10万人を越える可能性もあるというからインドネシア沖津波被害と同じ規模の災害になることは間違いなさそう。
今日の朝のニュースの見出しはInternational Race to teescue Haitiとあり国際救援活動がすぐさま動き出したことがわかる。 アメリカが12時間以内に空母インビンシブルを派遣13日から救援活動に入っているし各州ごとにも救援隊と物資を送っている。 アメリカの緊急時のすばやい行動力とシステマチックな動きはいつも感心させられる。
注目すべきは中国で14日朝にはすでに救援隊を送り込んだ。 中国は先年重慶大地震を経験したばかり。 当時国際救援活動を拒否して一時期国際的に評判を落としたが日本を含めた諸外国の救援活動で被災者地震は大いに助けられたはず。 中国は国際世論を意識していち早く救援隊を送ったのかも知れないがいずれにせよ迅速な活動が望まれるときだけに評価されてもいいだろう。 旧宗主国フランスもすでに到着している。 
一方日本のメディアは地震の発生を伝えるのみで詳しい報道と日本の対応のニュースは一切なし。 相変わらず民主党小沢幹事長の政治資金問題ばかり。 有罪であろうがなかろうがこのての政治家は早く消えてもらわねばならないだろう。 

2010年1月7日木曜日

2010年 年の初めに

2010年がスタートして1週間がたった。 
メディアのすべてが年初の巻頭を飾るのは評論家、コラムニストの「今年の予想」である。 手当たり次第に30ほど読んでみた。

70%は「今年は良くなると」と上向き予想 リーマンショック以来世界経済が大恐慌にならず落ち着きを取り戻したと見ればこれ以上悪くならないと希望的観測を持つのは当然。
20%は良くも悪くもならない。 一進一退と云うのも現状から見れば当然か。
10%がまだ2番底は来ると悲観的。 企業業績の不振と失業率ばかり見ていては悲観的にならざるを得ないだろう。 
上記のような年頭所感の平均値は何時の時代でも同じようなものであまりインパクトを感じない。 ただ長いスパンで見てみると徐々に悲観論が増えているように感じられる。 もはや日本はピークを過ぎた落ち目の国なのだろうか?

国民が日本の将来に不安を覚えている原因は何なのか。
1. 失業、派遣、就職などの雇用不安定
2. 年金記録ミス・改ざん、財政破綻などの将来の経済的不安定
が主な原因だろう。 
1980年代までは日本国民は雇用不安はなかったし国家の借金はあっても財政破綻するとは誰も考えていなかった。 貧困という言葉は日本には当てはまらなかった。しかしバブルの崩壊、その後のデフレ経済で国民のそう中流意識は薄れ格差が広がったと感じるようになった。 
貧困の定義は全国民の所得の中央値の半分以下を貧困というらしいがこの定義で言えば非常に豊かな社会でも貧困は存在することになる。 つまり貧困は相対値であるということだ。 
人々の不平不満、 幸福度は周りによって決まる。 名目所得は低くても昔はよかったと思えば今は不幸になる。 国民の不満度が大きくなったのはバブルがはじけて以来増幅し絶対値がバブル時代を凌駕してもまだあの時代を懐かしいんでいるからだろう。 一旦甘い生活を送れば人々はそれがよき時代として忘れることができないでいる。将来に不安があれば今の生活に不満がなくとも人々の生活は幸福感が半減する。 人の気持ちに冷静な判断の基準はない。

日本の外からドルを基準に見てみれば日本はまだまだ裕福な国である。 年金や医療制度に不安があるとはいえ東半球の中では飛び抜けて社会保障は整っている。 所詮は所得をベースにどれだけ税金を納付しどれだけ給付を受けるかの問題であるが日本ではこの仕組みの基本的認識が欠けている。 「税金は取られる」もので自ら納付するという認識はない。 また年金や医療の問題は政府が決める問題だと思っている。
これがそもそも日本の国民が政治音痴だと言われる原因で長年にわたり政治の不毛を放置することとなり気の遠くなるような財政赤字を積み上げることになった。 しかもいまだに切実感はなさそうだ。  不景気も経済成長率も所得格差もすべて数字で表されてはいるが国民はそれを見て失望感を抱いたり自分が不幸であると思ったりはしない。 現在の生活に充実感があり将来に希望があれば人々は幸せに思う。 景気も国民の満足度も大いに相対的で心理的なものである。 要するに経済は国民及び経営者が楽観的であれば上向くし悲観的であれば落ち込む。 人々の生活は経済指標に比例して平均的に良くなったり悪くなったりはしない。 失業した人は100%収入を失い奈落のそこに突き落とされる。 そうでない人は普段どうりの生活ができる。 つまり不幸は特定の人をヒットする。 失業率が10%になったとしても10人中9人は普通の生活ができるはずだ。 この9人が自分もダメだと思えば経済はダメになる。 この9人がまだまだ大丈夫と思えば経済は恐慌にならない。 問題はここである。
国家は普通の人には何もしなくてよい。 国民は政治が悪い、政府が悪いといっても始まらない。 現在は新自由主義(競争社会)が格差の原因のように言われているが何でも相手の考え方を悪いという政治家とその政治家をいつでも悪いといっているメディアに踊らされているだけで経済の実態を見ていない。 競争のない社会には発展はない。 達成感もない。 人間はどのような立場にあっても目標がありそれを達成することで幸せだと感じる。 政府は国民にチャレンジする機会を自由に平等に与えればよいのである。 一度失敗したら終わりの社会ではなく何度でも挑戦できる社会を造らねばならない。
今は何が起るかわからない世の中であり先の予測など出来るわけがない。 だから何をやっても無駄だと思っている人には未来も芽は出ない。 何かやってみようとする人にとってはチャンスになる。 

日本の外に目を向けると政治的混乱、社会不安と経済的困窮がごろごろしている。 普通の日本人なら住むことさえ出来ないだろう。 それに比較して日本の現状がそれほど深刻であるとは思えない。 個人個人が独自の発想とリスクを恐れぬチャレンジ精神さえ備えていればどこにでもチャンスはあると思う。 それが証拠にの現在ような市場環境でユニクロは前年度最高益を達成したというではないか。 小さなことでもいいから今から始めようではないか。 失敗を非難する人より失敗する人のほうが余程成功のチャンスがあるというものだ。 皆で景気を良くしよう!

2009年12月29日火曜日

2009年 総括

今年はアメリカにも日本にも選挙によって民主党という名の新しい政権が誕生した。
ともに前政権から大幅な政策転換を図ろうとしているが政治的にも経済的にも厳しい問題を抱えて政策(選挙中の政策目標ー日本ではマニフェスト)遂行に苦労している。

現在のアメリカは2つの戦争を抱えている上財政赤字は膨らむ一方。 だからといって長年コミットしてきた「自由主義の堅持」という錦の御旗を勝手に下ろすわけにも行かない。 そこにアメリカのジレンマがある。
世界の政治と経済におけるアメリカの責任は日本の比ではない。 アメリカ社会は建国以来民主主義、自由主義の理想を掲げながら現実は矛盾と困難に満ちている。 けれども常に試行錯誤を繰り返しながら少しでも前進しようとする姿勢または実行力、およびその議論と実行過程が常にオープンであることは世界に誇っても良いと思う。 だから多くの敵を作りながらも未だに世界の若者の憧れの的であり続けるのだ。

さて私のブログの目的は「アメリカのよいところは見習おう」ということだ。
ここで1年間の総括としてコラムヘッドのアイテムごとに日米を比較してみたい。

<GOOD JOB> 

アメリカ 民主党政権誕生(草の根選挙でオバマ大統領が誕生し。)
日本   民主党政権誕生(自民党の賞味期限切れで鳩山政権が誕生)

<NICE TRY>

アメリカ グアンタナモ収容所の閉鎖と (オバマ政権の姿勢を示すために
     最初に手をつけた課題であったがイラク、アフガニスタンの戦況
     が好転せずアメリカ国内保守派の反対もあって収容所の移転と
     捕虜の裁判、釈放が進展していない。)
日本   社会保険庁年金記録問題
     (民主党が野党時代時追求した年金問題は昨年までの国民の
      最大の関心事であり政権交代のきっかけにもなった大事件
      だが与党になってから民主党も100%の照合は無理と
      云っている。 問題の指摘はよかったが無理なことは無理
      と認識して現実的な対応策を考えるのが政治である)
 
<NEVER GIVE UP, TRY AGAIN, KEEP GOING>

アメリカ 最大の案件は「医療保険改革」
     民主党が主体だが共和党でさえ医療保険の改革は国内最重要
     課題であることを認識している。 少なくとも1992年
     クリントン政権ができてから改革を提案したがその都度議会
     の抵抗にあって挫折している。 今回オバマ政権になって
     下院はもとより上院で無所属議員をあわせて法案可決に必要
     な60議席を見込めることよりオバマ大統領が提起し国民
     皆保険設立に向けて議論が始まり民主党内でも抵抗があり
     成立が危ぶまれたが3ヶ月かけて議論を進めやっと法案
     成立に持ち込んだ。 ただ下院と上院の法案の中身は重要な
     事項(PUBLIC OPTION)についてまとめなければならず
     来年早々の議会でも双方の歩み寄りには簡単ではなさそう。
     また国民皆保険への国民の大多数の認識・合意を得るには
     相当の年数が要るようだ。
日本   「政治・行政改革」
     判っちゃいるが実現できないのがこの問題。 改革すると
     自分も改革されてしまう政治家が多くいるのが原因。
     何度も声をあげて改革を試みる(TRY AGAIN)が
     途中で(GIVE UP)
     民主党になってから事業仕分けで予算削減を試みるが
     中途半端。
     でも議論を公開しいかに無駄が多いかを国民に知らしめた
     効果は 100点 -(KEEP GOING)-

<明快な論理>

アメリカ 当たり前のことで明快な論理と軽快な弁舌がなければ
     アメリカでは誰にも(議員、メディア、国民)相手に
     されない。
日本   国会での質疑にまともな議論がない。 問題に焦点をあて
     現実的 な解決策を見出そうというかみ合った議論ができて
     いない。 国会のみならず国民の間に基礎的な民主主義の
     教育ができていない のが原因ではないだろうか。 
     または議論を好まない国民性ゆえか、または日本の文化が
     そうさせているのだろうか?

<実行力>

アメリカ 議論だけでは何もならないーという認識は国民の間に染み付いて
     いる。だから少々ミスがあっても行動する人を尊敬する。
     だから失敗を恐れない。 成功すれば-GOOD JOB- 失敗しても
     ーNICE TRY- となるのである。 

日本   しばしば船頭多くして船山に登る。 本当の船頭がいないので
     まっすぐ目的地に着かないのかもしれない。 
     百家争鳴でも烏合の衆では何も決まらない。 
     日本の政治家が得意なのは問題の先送り。 言葉を変えれば
     わけのわからないことを声高に云うだけで実行力に乏しい。

<調整能力>

アメリカ オバマ大統領を見ていれば大いにわかるはず。 医療改革に
     つきあれほど国を分かつような議論をして議会も国民も2つに
     割れているのに結局譲歩するところは譲歩して法案を成立させ
     てしまった。 初めから何としても法案を成立させることを
     目的としているから譲歩することは当然なのだ。

日本   自党(自分)の意見に拘りすぎ。 鳩山連立政権と民主党自体
     を見ても調整能力が低すぎる。 もともと意見が分かれる寄合
     所帯ということもあろうが政権担当の基本的認識が薄いのでは
     ないだろうか。 

国会でまともな議論ができれば国民はついていけるだけの認識と覚悟は
できているはず。 それには民主党も自民党もその他の党も若い人が
一線に出てきて先頭に立たなければならない。 政治・行政改革も
自党改革から出発しなければ本来の改革は前進しないのではないだろうか。

2009年12月24日木曜日

医療制度改革 法案可決

医療制度改革法案がクリスマスイブの朝上院で可決された。 先に可決された下院の法案をあわせて一本化し民主党政権の悲願であった医療改革・国民皆保険がスタートする。
私が知る限りでも1990年代の初めにクリントン政権が改革に手をつけたが議会の反対にあって敢え無く断念したことを思い出す。 
しかし国民の6割が基本的に国民皆保険制度に反対しているので議会も制度改革の必要性は認めながらも容易に賛成票を投じるわけには行かなかったのである。 アメリカ人は原則的に個人の自由と自立を求める傾向が圧倒的に強く医療に関しても保険料と給付が自分の現状に見合った選択の自由を確保したい、 医者も患者も政府や保険会社の押し付けを嫌う。 従い政府が直接管理する保険制度には強い抵抗がある。 この点すべての国民に平等な保険制度に慣れている日本人には理解しにくい。
下院案は国が提供する安価な保険(Public Option)を主体に国民が保険を選択できることになっているが上院案ではPublic Optionを設けずに低所得層には民間保険会社が提供する保険に財政的に補助金で穴埋めし国民の保険加入率を引き上げようというもの。 両案が今後の折衝によってどのようにまとめられるかが焦点となるが最初にオバマ大統領が目指した保険改革・国民皆保険の実現からは大幅に後退を余儀なくされるだろう。 それでも国家が今後10年にわたり背負わねばならない財政負担は7.2兆ドル(約648兆円)にも達するといわれているので生半可な数字ではない。 そのために将来米国の財政破綻が懸念されておりこれが議会全体の最大の反対理由でもあるがそれでもやらなければならない改革はやるというのがオバマ流、アメリカ流であり日本の鳩山政権の先送り流とは決定的に違う点である。